中央銀行の金購入は、金価格の上昇と同じことなのか
地政学的紛争が激化し、金価格がすでに高値圏にあるなかで、中央銀行はなぜなお金を買い続けるのか。INGの「Why the Gold Rally Isn’t Over Yet」、ワールド・ゴールド・カウンシルの「Weekly Markets Monitor – Crisis Hedge」、ステート・ストリートの「Monthly Gold Monitor」はそれぞれ、公的準備需要、危機下での金の値動き、エネルギーと金利が金価格に及ぼす影響を論じている。「なぜ買うのか」と「買ったらどうなるのか」は分けて考えることができる。
中央銀行がどれだけの金を保有するかを決める際に重視するのは、制裁、通貨変動、金融危機のなかで国の準備資産を引き続き利用できるかどうかである。一方、市場の金価格は、ドル、金利、ETF資金、エネルギー価格の影響も同時に受ける。三つのレポートは同じ資産を扱っているが、それぞれ異なるレベルの問いに答えている。
ING:中央銀行は国家準備の構成を調整している
INGは、公的部門の需要を金市場の支柱と位置づけている。レポートによれば、2022年以降、一部の新興国の中央銀行は、制裁リスクや地政学的分断化に対応し、ドルへの依存を下げるため、準備資産の多様化を加速させた。準備資産の多様化とは、国家の安全網を一つの通貨や資産に集中させないことである。INGはこれを踏まえ、この需要には戦略的な性格があり、短期的な金価格の上昇だけで直ちに消えるものではないと判断している。
ポーランドは具体例の一つである。INGは、ポーランドが金準備の目標を約550トンから約700トンへ引き上げ、固定的な30%の保有比率を維持する方針から、より大きな絶対保有量を目指す方針へ転換したと記している。INGの説明によれば、これは購入目標が外貨準備の規模に応じて自動的に調整されるだけでなく、準備手段として金を積極的に増やすものになったことを意味する。
中国は継続性を示している。INGの記録によれば、2026年1月時点で、中国人民銀行は15か月連続で金を買い増していた。ただし、この二つの例から確認できるのは、ポーランドと中国が明確な金購入を続けていることだけであり、すべての中央銀行の純需要を単独で代表するものではない。
ワールド・ゴールド・カウンシル:危機は金が注目される理由を示す
ワールド・ゴールド・カウンシルが注目しているのは、別の因果関係である。突発的な危機がどのように安全資産需要を呼び起こすかという点だ。同機関のレポートによれば、中東情勢の緊迫化後、金は二取引日未満で約200ドル上昇し、上昇率は約4%に達した。これは、危機が投資家や機関投資家の資産選好を急速に変え得ることを示すが、すべての中央銀行の金購入がこの上昇を追うためだという証明にはならない。
同レポートはさらに、1985年から2026年までの14回にわたる地政学的リスク指数の大幅上昇局面を振り返っている。これらのサンプルでは、金がプラスのリターンを上げた割合は64%だった。言い換えれば、金は危機時に上昇することの方が多いものの、「紛争が起きれば必ず上昇する」というほどではない。
したがって、ワールド・ゴールド・カウンシルの資料は、金がなぜ危機のヘッジ手段とみなされるのかを説明するのに適している。INGの資料はさらに、中央銀行がなぜこの手段を長期的に準備資産へ組み入れるのかを説明している。前者は危機下の市場反応を描き、後者は国家のバランスシートにおける資産配分の選択を描いている。
ステート・ストリート:紛争が一時的に金価格を押し下げることもある
ステート・ストリートは直感に反する境界条件を示している。同社のレポートによれば、戦争によって原油価格が上昇すると、インフレ期待と実質金利が先に押し上げられる可能性がある。実質金利とは、簡単にいえばインフレを差し引いた後の利息収益である。実質金利が上昇すると、利息を生まない金を保有することは割高に感じられる。レポートによれば、原油価格のショックが起きた期間には中期実質金利が約26ベーシスポイント上昇し、戦前に約58ベーシスポイント織り込まれていた利下げ期待も消えた。
そのためステート・ストリートは、地政学的紛争が短期的に必ずしも金価格を直接押し上げるとは限らないと指摘している。原油高によって米連邦準備制度理事会がより引き締め的な政策を維持すれば、金は圧力を受ける可能性がある。一方、紛争が成長をさらに損ない、財政負担を重くすれば、金の戦略的な準備資産としての役割が強まる可能性がある。同じ危機が、まず金利を通じて金価格を抑え、その後、景気後退、債務、制裁リスクを通じて金需要を増やすこともあり得る。
これは、「中央銀行がなお買っている」ことを「金価格がすぐに上昇する」と直接読み替えられない理由でもある。中央銀行の金購入は、より緩やかで安定した需要を形成する可能性があるが、短期価格は金利、ドル、エネルギーショックによって異なる方向へ動く。
三つのレポートの共通点と限界
INGは、米連邦準備制度理事会が第二四半期に利下げを開始する可能性があり、緩やかな金融緩和が金の保有機会費用を下げ得ると予想している。同時に、金ETFの保有残高はなお2020年のピークを下回っており、利下げ期待が強まるか地政学的リスクが高まれば、ETFへの資金流入が価格変動を増幅する可能性があると指摘している。これらはいずれもINGによる条件付きの判断であり、すでに実現した結果ではない。
三つの資料に共通するのは、地政学的分断化、準備資産の安全、危機における金の用途を重要な背景とみなしている点である。主な違いは、短期的な価格形成の仕組みにある。ワールド・ゴールド・カウンシルは危機発生後の安全資産としての値動きを強調し、INGは中央銀行需要が生む構造的な支えを強調し、ステート・ストリートはエネルギー、実質金利、ドルがその支えを一時的に相殺する可能性を強調している。
これらの資料には明確な空白も残されている。同一の統計期間における世界各国の中央銀行の完全な純購入・純売却表は示されていないため、ポーランド、中国、その他いくつかの国の事例だけから、世界の中央銀行による金購入総量がどの程度の速さで変化しているかを判断することはできない。INGはまた、記録的な価格水準では、現物金全体の需要が価格をより重視するようになると明確に注意を促している。これは、同機関が述べる中央銀行需要の価格に対する相対的な鈍感さと矛盾しない。両者は異なる買い手を指しているからである。
答えは短期的な上昇幅ではなく、準備資産の安全にある
INGの説明によれば、一部の中央銀行が金を買い続ける中心的な理由は、国家の準備資産が単一通貨や外部の金融システムに依存する度合いを下げ、制裁、紛争、政策の不確実性が高まった際にも長期保有できる資産を残せる点にある。ポーランドが絶対保有量の目標を引き上げ、中国が連続して買い増していることは、この論理の具体例である。
三つのレポートを合わせると、次の答えが導かれる。中央銀行の金購入はまず長期的な準備資産政策であり、危機への備えがその判断の根拠を強めている。金価格が直ちに上昇するかどうかは、金利、ドル、原油価格、市場資金に左右される。世界の中央銀行による統一基準の純購入データが不足しているため、これらの資料は動機と仕組みを説明できても、すべての中央銀行が同じ強さで購入していることまでは証明できない。
出典機関:ING、ワールド・ゴールド・カウンシル、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ
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